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3万石

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鳥羽藩/場所・アクセス・地図 稲垣家3万石:稲垣長行 鳥羽・伏見の戦いでは旧幕府軍として戦うもほどなく新政府に恭順した鳥羽藩【幕末維新写真館】

鳥羽藩/稲垣家3万石:稲垣長行 鳥羽・伏見の戦いでは旧幕府軍として戦うもほどなく新政府に恭順した鳥羽藩【...

【藩名】 鳥羽藩 【説明】 鳥羽藩は織田水軍の将「九鬼嘉隆」を藩祖とする藩である。慶長5年(1600年)に勃発した「関ヶ原の戦い」で嘉隆は西軍に、子の「九鬼守隆」は東軍に与して戦った。父子対立というよりはどちらが勝利しても九鬼家が存続できるように図ったものと言われている。しかし戦後守隆は父の助命を「徳川家康」に嘆願して...
岩村藩/場所・アクセス・地図 松平家3万石:松平乗命 新政府軍に恭順し函館奉行所にも藩士を派遣した岩村藩【幕末維新写真館】

岩村藩/松平家3万石:松平乗命 新政府軍に恭順し函館奉行所にも藩士を派遣した岩村藩【幕末維新写真館】

【藩名】 岩村藩 【説明】 元禄15年(1702年)9月7日、信濃小諸藩より「松平乗寿」の孫「松平乗紀」が2万石で入封する。歴代藩主の多くが奏者番・寺社奉行など幕府の要職を歴任しており、そのために第4代藩主「松平乗賢」は1万石の加増を受けて岩村藩は3万石となった。しかし、その内の5,276石が駿河国の15ケ村で横内村に...
上山藩/松平家3万石:松平信庸【幕末維新写真館】

上山藩/松平家3万石:松平信庸 奥羽越列藩同盟に与して久保田藩を攻めた上山藩【幕末維新写真館】

【藩名】 上山藩 【説明】 上山藩は慶応4年(1868年)、戊辰戦争が始まると「奥羽越列藩同盟」に参加し総督「山村求馬」率いる洋式軍隊を出羽久保田藩に派兵する。しかし、山村求馬は出羽新庄藩の裏切りにより戦死してしまう。その後は庄内藩と合流して久保田城へと進軍した。 また、飛び地であった七日市が長岡の近所であったため北越...
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美濃高松藩<松ノ木藩>/徳永家3万石:徳永寿昌 関ヶ原の戦いの功績で美濃高須藩へ移封のため廃藩【幕末維新写真館】

美濃高松藩<松ノ木藩>/徳永家3万石:徳永寿昌 関ヶ原の戦いの功績で美濃高須藩へ移封のため廃藩【幕末維新...

【藩名】 美濃高松藩<松ノ木藩> 【説明】 美濃高松城にははじめ、吉村信実・吉村氏吉が入封していた。吉村親子は「織田信長」に仕えたが、信長没後はその次男である「織田信雄」に仕えた。しかし信雄が改易されると吉村親子は「徳川家康」に従い関東に移った。 代わって高松には「豊臣秀吉」の家臣「徳永寿昌」が2万石で入封する。寿昌は...
多良藩/関家3万石:関一政 関ヶ原の恩賞として旧領伊勢亀山藩へ移封のため廃藩【幕末維新写真館】

多良藩/関家3万石:関一政 関ヶ原の恩賞として旧領伊勢亀山藩へ移封のため廃藩【幕末維新写真館】

【藩名】 多良藩 【説明】 織田信長・豊臣秀吉に仕えた「関盛信」には「関一政」という息子がいた。一政は天正10年(1582年)から天正16年(1588年)まで多良を支配していたが、やがて「蒲生氏郷」の与力大名として会津に移されたため、多良は大垣城主の支配地となる。しかし秀吉没後に政権を掌握した「徳川家康」によって「関ヶ...
揖斐藩/西尾家3万石:西尾嘉教 無嗣断絶により改易・廃藩【幕末維新写真館】

揖斐藩/西尾家3万石:西尾嘉教 無嗣断絶により改易・廃藩【幕末維新写真館】

【藩名】 揖斐藩 【説明】 戦国時代「西尾光教」は斎藤氏、織田氏、豊臣氏に仕えて曽根に2万石を領していた。「関ヶ原の戦い」で西軍の「大谷吉継」の制止を振り切って「徳川家康」に与したため、吉継によって曽根城は焼き払われた。その後、光教は岐阜城・大垣城攻撃などで戦功を挙げたため、1万石を加増されて曽根城から揖斐に移って3万...
高須藩(尾張藩支藩)/松平家3万石:松平義勇 幕末に活躍した藩主を多く養子に出した高須藩【幕末維新写真館】

高須藩(尾張藩支藩)/松平家3万石:松平義勇 幕末に活躍した藩主を多く養子に出した高須藩【幕末維新写真館...

【藩名】 高須藩(尾張藩支藩) 【説明】 信濃伊那郡・高井郡・水内郡内に3万石の所領を得ていた尾張藩第2代藩主「徳川光友」の次男「松平義行」は元禄13年(1700年)3月25日、所領の半分である1万5000石を高井郡・水内郡の領地と美濃国石津郡・海西郡内の領地を交換された。これにより高須に藩庁を定め、高須藩が再び成立し...
今尾藩(尾張藩附家老)/竹腰家3万石:竹腰正旧 代々尾張藩の附家老にて明治維新と共に独立大名となった今尾藩【幕末維新写真館】

今尾藩(尾張藩附家老)/竹腰家3万石:竹腰正旧 代々尾張藩の附家老にて明治維新と共に独立大名となった今尾...

【藩名】 今尾藩(尾張藩附家老) 【説明】 今尾城を領していた「市橋長勝」は「関ヶ原の戦い」で東軍に与したことで所領を安堵された。慶長15年(1610年)、「中村一忠」の改易により長勝は伯耆矢橋藩へ転封となったため、元和5年(1619年)に「竹腰正信」が今尾陣屋を築いて入封した。 「竹腰道鎮」は「斎藤道三」に仕え、その...
坂木藩/板倉家3万石:板倉重寛 陸奥福島藩へ移封のため廃藩【幕末維新写真館】

坂木藩/板倉家3万石:板倉重寛 陸奥福島藩へ移封のため廃藩【幕末維新写真館】

【藩名】 坂木藩 【説明】 天和2年(1682年)2月、「板倉重種」が蟄居することで坂木藩が成立した。重種は武蔵岩槻藩6万石の藩主で老中を務めていたが、天和元年(1681年)に罷免されて蟄居を命じられた。蟄居の翌年、重種は幕府に所領返還を申し出たが、祖父の「板倉重昌」の功績から、重種の長男「板倉重寛」に坂木藩3万石、甥...
諏訪藩(高島藩)/場所・アクセス・地図 諏訪家3万石:諏訪忠礼 天狗党の乱鎮圧や北越戦争・会津戦争に参戦した諏訪藩【幕末維新写真館】

諏訪藩(高島藩)/諏訪家3万石:諏訪忠礼 天狗党の乱鎮圧や北越戦争・会津戦争に参戦した諏訪藩【幕末維新写...

【藩名】 諏訪藩(高島藩) 【説明】 日根野弘就の子・高吉が諏訪氏の移った同年に入封する。そして高吉の子・吉明が家督を継いだが、慶長6年(1601年)、「日根野弘就」の孫「日根野吉明」が下野壬生藩に移封となり、「諏訪頼忠」の子「諏訪頼水」が旧領高島に2万7千石で復帰した。 「大坂の陣」に参陣した第2代藩主「諏訪忠恒」は...