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坂木藩/板倉家3万石:板倉重寛 陸奥福島藩へ移封のため廃藩【幕末維新写真館】

坂木藩/板倉家3万石:板倉重寛 陸奥福島藩へ移封のため廃藩【幕末維新写真館】

【藩名】 坂木藩 【説明】 天和2年(1682年)2月、「板倉重種」が蟄居することで坂木藩が成立した。重種は武蔵岩槻藩6万石の藩主で老中を務めていたが、天和元年(1681年)に罷免されて蟄居を命じられた。蟄居の翌年、重種は幕府に所領返還を申し出たが、祖父の「板倉重昌」の功績から、重種の長男「板倉重寛」に坂木藩3万石、甥...
江戸崎藩/丹羽家2万石:丹羽長重 陸奥棚倉藩へ加増転封のため廃藩【幕末維新写真館】

江戸崎藩/丹羽家2万石:丹羽長重 陸奥棚倉藩へ加増転封のため廃藩【幕末維新写真館】

【藩名】 江戸崎藩 【説明】 慶長8年(1603年)、本多正信や内藤清成らと並んで関東総奉行を務めた徳川氏譜代の家臣「青山忠成」が1万石で入ったことにより江戸崎藩が立藩する。なお、忠成の嫡子「青山忠俊」は父とは別に5,000石を領していたが、徳川家光の後見人となったため、慶長15年(1610年)に下野国都賀郡鹿沼におい...
陸奥下村藩/田沼家1万石:田沼意正 幕末前に相良へ移封となり廃藩【幕末維新写真館】

陸奥下村藩/田沼家1万石:田沼意正 幕末前に相良へ移封となり廃藩【幕末維新写真館】

【藩名】 陸奥下村藩 【説明】 文政6年(1823年)、老中「水野忠成」や将軍「徳川家斉」の計らいもあって、「田沼意正」は意次時代の旧領の相良へ再び移されることとなり、下村藩は廃藩となった。ちなみに、田沼氏が再び相良へ戻ることには幕閣の多くが反対したが、家斉はかつて意次が自身の将軍就任に協力したこと、意正自身に見所があ...
白河新田藩(白河藩支藩)/松平家2万石:松平忠尚 陸奥桑折藩に移封となり廃藩

白河新田藩(白河藩支藩)/松平家2万石:松平忠尚 陸奥桑折藩に移封となり廃藩

【藩名】 白河新田藩(白河藩支藩) 【説明】 白河新田藩は元禄元年(1688年)、「松平忠尚」が白河藩主で養父「松平忠弘」より2万石の新田を分与されたことに始まる。忠弘の嫡子「松平清照」の病弱を理由に、天和元年(1681年)に次期白河藩主として迎えられた忠尚だったが、清照の嫡子「忠雅」の成長により廃嫡となった。 これに...