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権現台場跡/写真 四稜郭と合わせて五稜郭防衛のために急造された権現台場【史跡 幕末写真館】

権現台場跡:四稜郭と合わせて五稜郭防衛のために急造された権現台場【史跡 幕末写真館】

【史跡名】 権現台場跡 【権現台場跡の説明】 権現台場跡がある場所は元々五稜郭の鬼門に位置し、徳川幕府や函館商人らが造営費を献納して慶応元年(1865年)に函館東照宮が建立された。明治2年(1869年)4月、函館戦争が勃発すると旧幕府軍は各地に砲台や陣地を構築、その中の一つが「権現台場」であった。 五稜郭を防衛する役目...
弁天台場跡:新政府軍からの函館湾防衛に構築された旧幕府軍の弁天台場【史跡 幕末写真館】

弁天台場跡:新政府軍からの函館湾防衛に構築された旧幕府軍の弁天台場【史跡 幕末写真館】

【史跡名】 弁天台場跡 【弁天台場跡説明】 弁天台場は箱館港の防衛拠点として1863年(文久3年)に完成した砲台である。洋式城郭五稜郭を手掛けた「武田斐三郎」の設計により、徳川幕府が約8年の歳月をかけて建造した。 箱館戦争時、旧幕府軍の重要拠点だったが、新政府軍の攻撃で五稜郭降伏前に降伏。 台場は1896年(明治29)...
四稜郭:五稜郭の後方防衛により築城された旧幕府軍の四稜郭【お城 幕末写真館】

四稜郭:五稜郭の後方防衛により築城された旧幕府軍の四稜郭【お城 幕末写真館】

【城名】 四稜郭 【四稜郭の説明】 四稜郭は箱館戦争の際に蝦夷共和国(旧幕府軍)が、明治2年(1869年)に北海道函館市陣川町に築城した堡塁である。空堀に囲まれ、規模は東西約100メートル、南北約70メートル程あり、まわりには土塁が巡らされ、土塁の周辺には空濠が掘られている。 四隅には砲座が配置されている。南西側に門口...