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田野口藩(竜岡藩五稜郭)/場所・アクセス・地図 松平家1万5千石:松平乗謨 函館五稜郭と並び龍岡五稜郭を築城した龍岡藩【幕末維新写真館】

田野口藩(竜岡藩五稜郭)/松平家1万5千石:松平乗謨 函館五稜郭と並び龍岡五稜郭を築城した龍岡藩【幕末維...

【藩名】 田野口藩(竜岡藩五稜郭) 【説明】 文久3年(1863年)、「松平乗謨」は信濃国への陣屋移転と新築許可を徳川幕府から得る。そして以降、田野口藩を名乗ることになる。西洋築城術に関心を寄せていた乗謨は、新しい陣屋を稜堡式城郭(星形要塞)にすることを計画し、元治元年(1863年)より田野口村で築城を開始した。 田野...
館城/写真 松前藩により築城されて旧幕府軍によって攻略された館城【お城 幕末写真館】

館城:松前藩により築城され旧幕府軍によって攻略された館城【お城 幕末写真館】

【城名】 館城 【館城の説明】 館城は明治元年(1968年)に旧幕府軍の襲来に備えるため、松前藩が築いた城である。従来の本城である松前城(福山城)は海から近く、軍艦からの攻撃にさらされる危険が大きいこと、内陸部を開拓して海に依存しない藩政を目論んだとも言われている。 同年、五稜郭を攻略した旧幕府軍は蝦夷地を制圧するため...
四稜郭:五稜郭の後方防衛により築城された旧幕府軍の四稜郭【お城 幕末写真館】

四稜郭:五稜郭の後方防衛により築城された旧幕府軍の四稜郭【お城 幕末写真館】

【城名】 四稜郭 【四稜郭の説明】 四稜郭は箱館戦争の際に蝦夷共和国(旧幕府軍)が、明治2年(1869年)に北海道函館市陣川町に築城した堡塁である。空堀に囲まれ、規模は東西約100メートル、南北約70メートル程あり、まわりには土塁が巡らされ、土塁の周辺には空濠が掘られている。 四隅には砲座が配置されている。南西側に門口...
松尾藩(柴山藩)/太田家5万3350千石:太田資美 西洋稜堡式要塞を築城中に廃藩置県となった松尾藩【幕末維新写真館】

松尾藩(柴山藩)/太田家5万3350千石:太田資美 西洋稜堡式要塞を築城中に廃藩置県となった松尾藩【幕末...

【藩名】 松尾藩(柴山藩) 【説明】 明治元年(1868年)5月、駿河・遠江へ徳川宗家「徳川家達」が70万石にて入封したため、遠江国掛川藩主「太田資美」は上総国武射山辺郡内に替地を与えられ移封となった。資美は同年7月に武射郡柴山村の観音教寺に仮藩庁を設置し、「柴山藩」を立藩した。 翌明治2年(1869年)6月、版籍奉還...