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備中松山城:日本三大山城にして板倉勝静が山田方谷を執政に抜擢した備中松山城【お城 幕末写真館】

備中松山城:日本三大山城にして板倉勝静が山田方谷を執政に抜擢した備中松山城【お城 幕末写真館】

【城名】 備中松山城 【備中松山城の説明】 江戸時代の備中松山藩は「水谷氏」「安藤氏」「石川氏」と城主が代わり、最後に徳川家譜代大名の「板倉氏」が5万石にて入封し幕末を迎える。城は本丸・二の丸・三の丸からなり、江戸時代には山頂での政務が不便なため山麓に御殿を置き、そこで藩主の住居や政務をとり行った。 幕末時に備中松山藩...
高滝藩(信濃国坂木藩支藩)/板倉家2万石:板倉重高 備中庭瀬藩へ移封のため廃藩【幕末維新写真館】

高滝藩(信濃国坂木藩支藩)/板倉家2万石:板倉重高 備中庭瀬藩へ移封のため廃藩【幕末維新写真館】

【藩名】 高滝藩(信濃国坂木藩支藩) 【説明】 天和3年(1683年)、信濃坂木藩5万石の藩主「板倉重種」の甥である「板倉重宣」が重種から2万石を分与され「高滝藩」が立藩した。所領は上総市原郡のほか、信濃伊那郡・佐久郡の三郡にあった。しかし重宣は貞享元年(1684年)に21歳の若さで死去し、後を養嗣子の「板倉重高」が継...