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三条藩/稲垣家2万3千石:稲垣重綱 三河国刈谷藩へ移封のため廃藩【幕末維新写真館】

三条藩/稲垣家2万3千石:稲垣重綱 三河国刈谷藩へ移封のため廃藩【幕末維新写真館】

【藩名】 三条藩 【説明】 慶長3年(1598年)、「堀秀治」が越後に入部したとき、三条にはその重臣「堀直政」が入城した。しかし慶長15年(1610年)、直政嫡男の「堀直清」の代に僧侶を殺害したとして改易になる。 その後、慶長17年(1612年)に松平忠輝の家老として「松平重勝」が2万石で入封する。しかし元和2年(16...
岡部藩/安部家2万2250石:安部信発 幕末の動乱の中三河国半原藩へ移封のため廃藩【幕末維新写真館】

岡部藩/安部家2万2250石:安部信発 幕末の動乱の中三河国半原藩へ移封のため廃藩【幕末維新写真館】

【藩名】 岡部藩 【説明】 安部氏の歴代藩主の多くは、大坂定番・加番などを務めている。第7代藩主「安部信允」も大坂定番を務め、藩校「就将館」を設置している。幕末の藩主「安部信宝」は「高島秋帆」の身柄を預かり、また、大坂城や二条城の定番を務め上げたが、文久3年(1863年)7月6日に死去した。 その後を継いだ岡部藩主「安...
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八幡山藩/松平家1万石:松平家清 三河国吉田に加増転封のため廃藩【幕末維新写真館】

八幡山藩/松平家1万石:松平家清 三河国吉田に加増転封のため廃藩【幕末維新写真館】

【藩名】 八幡山藩 【説明】 豊臣秀吉の北条征伐後に「徳川家康」が関東に入封し、江戸城に本拠を構えると、「松平家清」に児玉郡八幡山1万石を与え、八幡山藩を立藩させた。藩政は父「松平清宗」が専任し、家清は天正19年(1591年)、九戸一揆(九戸政実の乱)の鎮圧や「関ヶ原の戦い」に従軍し、尾張国清洲城の城番を担当した。 そ...
下野山川藩/太田家1万5千6百石:太田資宗 三河国西尾藩へ移封とり廃藩【幕末維新写真館】

下野山川藩/太田家1万5千6百石:太田資宗 三河国西尾藩へ移封とり廃藩【幕末維新写真館】

【藩名】 下野山川藩 【説明】 太田重正の次男「太田資宗」は「徳川家光」に仕えて5600石の旗本となった。さらに「松平信綱」や「阿部重次」「三浦正次」「阿部忠秋」「堀田正盛」と並んで家光側近六人衆の一人にまで栄進した。このため、寛永12年(1635年)、下野国山川に1万石の加増を受けて1万5600石の大名として諸侯に列...
石川藩/本多家1万石:本多忠利 三河国挙母藩への移封にて廃藩【幕末維新写真館】

石川藩/本多家1万石:本多忠利 三河国挙母藩への移封にて廃藩【幕末維新写真館】

【藩名】 石川藩 【説明】 石川藩は寛文2年(1662年)、「本多忠勝」の曾孫「本多忠平(白河藩主)」が襲封にあたり次弟の「本多忠利」に陸奥石川郡のうち16か村1万石を分与して成立した白河藩の支藩である。天和元年(1681年)9月に三河国挙母藩へ移封となったためわずか19年にして石川藩は廃藩となった。 【場所・アクセス...
福島藩/板倉家3万石:板倉勝達【幕末維新写真館】

福島藩/板倉家3万石:板倉勝達 奥羽越列藩同盟に加盟したため減封の上三河国重原藩へ移封となった板倉氏【幕...

【藩名】 福島藩 【説明】 元禄15年(1702年)に板倉氏が3万石にて福島藩へ入封した。明治元年(1868年)、12代藩主「板倉勝達」は「奥羽越列藩同盟」に与したため、領土を奥羽内に移された。これに伴い元々飛地だった三河重原に藩庁を移して重原藩を立藩した。 明治2年(1869年)6月、「版籍奉還」で重原藩知事となり、...
浅川藩/本多家1万石:本多忠晴 幕末前に三河国伊保藩への移封により廃藩【幕末維新写真館】

浅川藩/本多家1万石:本多忠晴 幕末前に三河国伊保藩への移封により廃藩【幕末維新写真館】

【藩名】 浅川藩 【説明】 浅川藩は寛文2年(1662年)11月、石川藩と同じく、白河藩主「本多忠義」の三男「本多忠以」が1万石を父から分与されたことで成立した藩である。忠以の後を継いだ弟「本多忠晴」が天和元年(1681年)9月、三河国伊保藩へ移封となり浅川藩は廃藩となった。 【場所・アクセス・地図】