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岩崎弥太郎:土佐藩の郷士にして亀山社中を経て三菱財閥を築いた実業家【人物 幕末写真館】

岩崎弥太郎:土佐藩の郷士にして亀山社中を経て三菱財閥を築いた実業家【人物 幕末写真館】
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【人物】
岩崎弥太郎

【岩崎弥太郎説明】
岩崎弥太郎は土佐藩領安芸の貧しい地下浪人の出で藩の執政「吉田東洋」に師事した。東洋が暗殺されると、その後は同じ門下の「後藤象二郎」にその才能を見込まれて長崎にある亀山社中(海援隊)の会計係を務めた。

亀山社中は土佐藩を脱藩した「坂本龍馬」が脱藩浪士や商人らを集め結成した日本初の株式会社と言われている。主に越前藩や薩摩藩、長州藩、大洲藩などが出資していた。

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慶応3年(1867年)5月、海援隊は伊呂波丸(伊予大洲藩所有)で初航海に出たが、瀬戸内「海讃岐・箱の岬」近くで紀州藩船「明光丸」と衝突して沈没してしまう。この事件を「後藤象二郎」「坂本龍馬」そして弥太郎が交渉にあたり、結果、紀州藩が7万両の賠償金を支払う事で事件は解決した。

龍馬の死後はそのまま「亀山社中」を引き継ぎ、社名を土佐商会とし、さらに九十九商会という社名を経て今日の「三菱財閥」となった。明治18年(1885)2月7日、弥太郎は病死する。
享年、51歳。






【岩崎弥太郎銅像 場所・所在地・アクセス】
〒784-0001 高知県安芸市矢ノ丸2-7-17

【岩崎弥太郎銅像地図】



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