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権現台場跡:四稜郭と合わせて五稜郭防衛のために急造された権現台場【史跡 幕末写真館】

権現台場跡:四稜郭と合わせて五稜郭防衛のために急造された権現台場【史跡 幕末写真館】

【史跡名】
権現台場跡

【権現台場跡の説明】
権現台場跡がある場所は元々五稜郭の鬼門に位置し、徳川幕府や函館商人らが造営費を献納して慶応元年(1865年)に函館東照宮が建立された。明治2年(1869年)4月、函館戦争が勃発すると旧幕府軍は各地に砲台や陣地を構築、その中の一つが「権現台場」であった。

権現台場跡/写真 四稜郭と合わせて五稜郭防衛のために急造された権現台場【史跡 幕末写真館】

五稜郭を防衛する役目で急造された四稜郭と合わせて、権現台場も建設された。元々あった東照宮の土塁をそのまま台場として再利用して構築されたようである。

明治2年(1869年)5月、新政府軍が攻め寄せると権現台場はあっさりと陥落してしまう。急造された砲台だった上に兵力や火器に劣る旧幕府軍では防ぎきれなかったと思われる。この時、東照宮の社殿も焼失しその後は陣川町に移転された。

権現台場跡/写真 四稜郭と合わせて五稜郭防衛のために急造された権現台場【史跡 幕末写真館】

現在の権現台場跡地には「神山稲荷神社」が建っており、台場の遺構としては土塁が社殿を囲むように残されているのみである。

※古地図に記載されている四稜郭と権現台場
権現台場跡/写真 四稜郭と合わせて五稜郭防衛のために急造された権現台場【史跡 幕末写真館】






【権現台場跡・場所・アクセス】
〒041-0832 北海道函館市神山3-18-1

【権現台場跡地図】



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