よく読まれている記事



お台場:ペリー来航で海上防衛のために構築された品川沖の砲台(第三台場・第六台場)【史跡 幕末写真館】

お台場:ペリー来航で海上防衛のために構築された品川沖の砲台(第三台場・第六台場)【史跡 幕末写真館】
4/5 (1)

【史跡名】
お台場(第三台場・第六台場)

【お台場(第三台場・第六台場)の説明】
お台場は嘉永6年(1853年)にペリー艦隊が来航した際に、江戸幕府が海上防衛のため建設した砲台である。当時品川沖への砲台建設の提案書を出していた韮山代官「江川太郎左衛門」により建設された。

計画では洋式砲台を11基から12基建設する予定だったが、最終的に完成したのは「第八台場」までであった。この砲台のお陰で第一回ペリー来航とは違い第二回の来航では、ペリーは江戸湾内にまで入らず横浜の地に降り立った。

お台場/写真 ペリー来航で海上防衛のために構築された品川沖の砲台お台場【史跡 幕末写真館】

第四台場は後日、造船所の敷地とったため、この台場の代わりに品川御殿山のふもとに「御殿山下台場」が建設された。完成した台場の防衛は、第一台場「川越藩」、第二台場「会津藩」、第三台場「忍藩」というように割り振られた。

なお、大砲はいち早く洋式砲を自藩で製造出来るようになっていた佐賀藩の洋式砲を備え付けた。しかし、これらの砲台は一度も砲火を交えることなく開国に至っている。

※お台場海浜公園から第三台場へ向かう小道
お台場/写真 ペリー来航で海上防衛のために構築された品川沖の砲台お台場【史跡 幕末写真館】

現在の台場跡は「お台場海浜公園」として整備されており、その中の「第三台場」は陸地で繋がっており見ることが出来る。また、他の埠頭とつながっていない「第六台場」も砲台の遺構として残されている。






【お台場(第三台場・第六台場)・場所・アクセス】
〒135-0091 東京都港区台場1-10

【お台場(第三台場・第六台場)地図】



※※こちらの史跡のあなたの評価は?※※

あなたの知っている見識・知識をどんどんコメントして下さい。

*
*
* (公開されません)