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三日市藩(郡山藩支藩)/柳沢家1万石:柳沢徳忠 新発田藩と共に新政府軍へ協力した三日市藩【幕末維新写真館】

【藩名】
三日市藩(郡山藩支藩)

【説明】
幕末期、三日市藩は外国船の到来に備えて「軍備増強」に多額の経費を投入した上、幕府から新潟港や青山海岸、江戸飛鳥山近辺の警備を命じられた。さらに第8代藩主「柳沢徳忠」の家督相続による費用と「安政の大地震」での藩邸復旧費用、朝廷に対する費用などの出費も重なり、遂に藩財政は破綻寸前を迎えた。

明治元年(1868年)の「戊辰戦争」では、新発田藩と行動を共にし新政府軍側についた。これにより戊辰戦争後は減封などの処罰を受けなかった。翌年「版籍奉還」により「柳沢徳忠」は三日市藩知事となる。明治4年(1871年)の「廃藩置県」により三日市藩は廃藩となり三日市県となる。そして同年、三日市県は新潟県に編入された。

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