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鳩ヶ谷藩/阿部家3万石:阿部正次 上総国大多喜藩へ移封のため廃藩【幕末維新写真館】

【藩名】
鳩ヶ谷藩

【説明】
小田原征伐後、関東に入封した「徳川家康」は、譜代の家臣「阿部正勝」に鳩ヶ谷で5000石を与えた。慶長5年(1600年)4月に正勝は大坂で死去し、後を子の「阿部正次」が継いだ。正次は「関ヶ原の戦い」で戦功を挙げたため、相模国内に5000石を与えられ、父の遺領と併せて1万石の所領を領して大名となった。これに伴い鳩ヶ谷藩を立藩した。

その後、大番頭、伏見城番などを歴任し、「大坂の陣」でも戦功を挙げた正次は3万石にまで加増され、元和3年(1617年)9月には上総国大多喜藩へ移され、ここに鳩ヶ谷藩は廃藩となり天領となった。

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