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伊勢崎藩/酒井家2万石:酒井忠彰 自ら謹慎して新政府に恭順した伊勢崎藩【幕末維新写真館】

【藩名】
伊勢崎藩

【説明】
幕末には本家の「姫路藩」が佐幕派だったため新政府から警戒されたが、8代藩主「酒井忠強」は自ら謹慎することで恭順の意を示した。早くから恭順したことで無事に戊辰戦争を生き抜いた。その後、明治2年(1869年)6月の「版籍奉還」により忠強の跡を継いだ「酒井忠彰」は伊勢崎藩知事となり、明治4年(1871年)の「廃藩置県」により伊勢崎藩は廃藩となった。藩主酒井家は明治17年(1884年)に子爵となった。

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