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谷川藩/桑山家1万石:桑山清晴 幕府の勘気を受けて廃藩 所領は本藩の御所藩が吸収【幕末維新写真館】

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【藩名】
谷川藩

【説明】
慶長元年(1596年)、和歌山城代であった「桑山重晴」がそれまで治めていた4万石の所領のうち、2万石を嫡孫の「桑山一晴」に譲り、1万石を次男の「桑山元晴」に分与し、残りの1万石を自身が治めたことから谷川藩が立藩された。しかし慶長14年(1609年)、重晴の後を継いだ孫の「清晴」は幕府より勘気を被って蟄居となり、所領も大和御所藩主である父の元晴が継ぐこととなった。これにより谷川藩は廃藩となりその所領は御所藩に併合された。

【場所・アクセス・地図】






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