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相良藩 /田沼家1万石:田沼意正 上総国小久保藩へ移封のため廃藩【幕末維新写真館】

【藩名】
相良藩

【説明】
天明6年(1786年)、将軍「徳川家治」が死去すると「松平定信」の粛清にあって「田沼意次」は失脚し強制的に隠居させられた。そして、意次の孫「田沼意明」が家督を継いだが、陸奥下村藩に1万石で移封された。定信はさらに、和泉国岸和田藩主の「岡部長備」に相良城を破却させて相良藩は廃藩となる。

文政6年(1823年)7月8日、「徳川家斉」の尽力もあって意次の四男「田沼意正」は旧領相良に1万石で復帰を許された。明治元年(1868年)、第3代藩主「田沼意尊」の代に上総国小久保藩へ移されたため再び廃藩となった。

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